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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)84号 判決 1971年2月09日

原告 有限会社花井不動産

右代表者代表取締役 花井国子

右訴訟代理人弁護士 大高三千助

同 露木滋

被告 下谷税務署長 小太刀秀雄

右指定代理人 福永政彦

<ほか三名>

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

原告

「被告が昭和三八年一一月一六日下法特第九五五号をもってした原告に対する昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度分の法人税に関する更正のうち、所得金額については金一、八二三、〇六八円を超え金三、〇二三、〇〇〇円に達するまでの部分、法人税額については金五一六、一五〇円を超え金九六一、四四〇円に達するまでの部分、ならびに過少申告加算税の決定のうち金二二、二五〇円までの部分を、それぞれ取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

被告

主文と同旨の判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は、貸室業を営む法人で、被告に対し、昭和三八年六月二七日、原告の昭和三七年五月一日から昭和三八年四月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき、所得金額一、八二三、〇六八円、法人税額五一六、一五〇円と記載した青色申告書による確定申告書を提出した。ところが、被告は、昭和三八年一一月六日、下法特第九五五号をもって、右申告に係る損益計算(別紙第一の損益計算書)によれば、損金に算入の給料は代表取締役花井国子の報酬分二、四〇〇、〇〇〇円(月額二〇〇、〇〇〇円の割合)、取締役花井竹禅の報酬分一、二〇〇、〇〇〇円(月額一〇〇、〇〇〇円の割合)、電話交換手二名分二八三、〇〇〇円の合計三、八八三、〇〇〇円であるが、代表取締役花井国子(以下「花井国子」という。)に支給した右報酬は、その職務内容、同業種法人の役員報酬に照らし不相当に高額であるとの理由でそのうち一、二〇〇、〇〇〇円を否認し、所得金額三、一五九、一〇四円、法人税額一、〇一三、〇〇〇円と更正し、過少申告加算税二四、八〇〇円を賦課決定した。原告は、右処分(以下「本件処分」という。)に不服であったので同年一二月一二日被告に対して異議申立てをしたところ、被告は、昭和三九年三月九日付で、花井国子は、管理人的な職務に従事しているにすぎない、電話交換手の給料と比較すると業績賞与的色彩が強い、同業種法人の役員報酬に比し多すぎるとの理由で、右異議申立てを棄却した。そこで、原告はさらに東京国税局長に対し同年四月七日審査請求をしたところ、同局長は、同年六月二六日付で、花井国子に支給した報酬の否認部分については原告の主張を容れなかったが、その他の部分についての主張を容れて、所得金額三、〇二三、〇〇〇円、法人税額九六一、四四〇円、過少申告加算税二二、二五〇円なる旨の審査決定をした。

二  しかしながら、本件処分は次の理由により違法であるから、本件処分のうち、所得金額、法人税額中原告の申告額を超え、審査裁決によって減額された額にいたるまでの部分および過少申告加算税中審査裁決によって取り消された部分を除くその余の部分の取消しを求める。

1 本件処分は法人税法施行規則(昭和二二年勅令第一一一号―以下「規則」という。)一〇条の三第一項(昭和三四年政令第八六号により追加されたもの。以下同じ。)の規定を適用してなされたものであるところ、該条項は次の理由により無効であるから、本件処分も違法である。

(一) 規則一〇条の三は、法人税法(昭和二二年法律第二八号、以下「法」という。)九条八項に基づくものであるが、法九条八項は、単に「前六項及び第九条の二乃至第九条の九に規定するもののほか、第一項の所得の計算に関し必要な事項は、命令でこれを定める。」と規定しているだけである。ところで、右にいう「所得の計算」とは同法特有の概念であって、ひっきょう何を益金とし、何を損金とするかを定めることと同意義であり、益金と損金とは「所得」(それは課税標準中大宗をなすものである。法八条参照)を構成する積極、消極の要素であることは法九条一項の規定によって明らかである。そうであるから、何を益金とし、何を損金とするかは納税義務の有無およびその内容を画するについて直接的な関係を有しているのであって、だからこそ法律は、種々の立法上の配慮から、通常の意味の損益金にとくに制限を加えたり、法定の損益金については、それらの不算入を規定したりしているのである(法九条二項ないし七項、同条の二ないし九参照)。

ところが、このように重要な国民の権利義務に関係がある「所得の計算」に関する法人役員の報酬について、前記規則は「不相当に高額であると認められる場合においては」不相当部分の損金への不算入を規定したのであるが、このような不相当高額部分の損金不算入という新たに国民の権利を制限する規定は、法九条八項にいわゆる「所得の計算に関し必要な事項は命令でこれを定める」というような一般的包括的委任規定に基づいてこれを制定することはできない(国家行政組織法一二条四項)。したがって右規則一〇条の三第一項はその効力を発生するに由ないものといわなければならない。

(二) 仮に規則一〇条の三第一項が無効でないとしても、条項のうち、「当該役員の職務の内容」および「その使用人に対する給料の支給の状況」によって役員の報酬を認定する旨規定した部分は無効である。すなわち、

(1) 会社役員の報酬は、株主総会その他法人の意思決定機関の議決によって定まるもので、当該役員がその報酬を受けるにふさわしいか否かはすべて同機関の専決に委ねられているのが法の建前である。しかるに、当該役員の職務内容が用務員のそれに同じであるとか、当該役員はその職務すら怠っているから一定額以上の報酬は認めないというように国の機関がいわば勤務評定をするというようなことは許されない。取締役がそれにふさわしい仕事を怠らず勤めれば国はごほらびとして多少過大な報酬でもこれを損金として認めてやる代りに、下級労働に従事したり、怠けたとする取締役にはその報酬中の損金算入部分を有能な取締役よりも減じてしまうということになり、明らかに私法自治に対する干渉であり、本件の場合有限会社法に違反すると断ぜざるを得ない。

(2) 役員報酬と従業員給料とは、その概念を異にする。前者は、収益を獲得したことに対する報酬であるから本質的に業績賞与の性格を有するものであって、その額もおおむね収益と正比例する関係にあるのに対し、従業員給料は収益には関係なく、労働市場の需給関係により定まるが、大体客観的相場というものがあって変動が少ない。このように役員報酬と従業員給料とはその性質をまったく異にするものであるから、一方が他方に比較してその額が多いとか少いとかいうことのできないものであり、したがって、従業員給料を、役員報酬が過大か否かを定める基準とする旨を定めた規則一〇条の三第一項の規定は、本来基準となり得ないものを基準とする旨を定めたものであるから、長さをグラムで測ろうとするに等しく、右規定は所詮効力を発生するに由ないものであって無効といわなければならない。

2 仮に規則の全部あるいは一部が無効でないとしても、花井国子に支給した報酬は決して過大ではなく、これが過大であるとしてなした本件処分は違法である。

(一) 原告の事業内容は、木造家屋の各室を事務所、店舗、住宅等に賃貸することであって、その件数は三八件にも及んでいる。しかして貸部屋が比較的まとまって存在しているのは台東区上車坂四五番地花井ビル(木造二階建一七室)だけで、他は各所に散在しており、賃料、電気、ガス、水道料の徴収、便所、廊下等の掃除、夜間の見廻り、破損修理個所の補修等これが管理維持のためには多大の労力が要求されるのである。したがって、本来ならば取締役は少なくとも三名、従業員も現在の電話交換手二名を除き、さらに五、六人が必要であるのに、これら一切のことを花井国子と花井竹禅の二人がとり仕切っており、しかも花井竹禅は宗教法人龍谷寺の住職で寺務に忙殺され、原告会社の事務としては会計事務ぐらいしか担当できないので、そのほかの一切は花井国子がしなければならないことになっている。しかし花井国子といえども事務の全部は到底処理できないから、子供ら花井竹仙(長男)やその弟妹の無償の協力を受けてなんとか仕事を続けている次第である。

(二) 従業員給料と役員報酬を比較することは不可能であることは前に述べたとおりであるが、仮にそれが可能であるとしても、本件の場合役員報酬が過大であるとはいえない。すなわち、本件役員報酬の合計は三、六〇〇、〇〇〇円、従業員給料の合計は二八三、〇〇〇円であるから、その比は一二対一になるのであるが、社長報酬と交換手給料の比が一〇〇対一になるような会社は世間に数多く存在する。本件の場合、従業員は、昭和三七年五月一日から同三八年四月三〇日にいたるまで一人一月平均約一一、八〇〇円の給料を得ていたのであって、その額は当時の相場として妥当なものであったと思料するが、仮にそれが低すぎるものであったとしても、その低い給料が基準になって逆に報酬が高きにすぎるという判断は当然には導き出されないのである。けだし、そうでないと、もし従業員給料を大巾に増すことにより、本来過大なるべき役員報酬が過大でなくなるということになるであろうからである。本件従業員給料の総計が二八〇、〇〇〇円余に過ぎないのは、従業員の職種が交換手のみであること、人数も二名にすぎないことの故であって、役員報酬総計と従業員給料総計との比較上からみても、前者が後者に比し過大であるとはいえない。

(三) 本件処分の理由は花井国子の報酬が同業種法人の役員報酬に比し過大であるといい、別紙第二の一および第二の二の表のうち上欄の表合計欄までの記載事実はそのとおりであるが、しかし、かかる比較は、同業種法人が支払った取締役報酬総計と原告のそれとを比較してなされるべきであり、原告の報酬受給者のうちの一人の受給額を問題とすべきでないのであって、かかる意味において別紙第二の一および二の表の記載のうち参考となりうるのは、別紙第二の二のみである。ところで、別紙第二の二の表も、統計表として計上例が少なすぎる、報酬額のばらつきが甚しい、という二大欠陥があるので、平均値を求めるための基礎とすることはできない。ばらつきが甚しいという点は、次のとおりである。

(1) 家賃収入に比し、相当高率な報酬がある。

収入二、〇〇〇、〇〇〇円ないし四、〇〇〇、〇〇〇円クラスにおいて報酬額が一、〇〇〇、〇〇〇円を超えるものが全体四例のうち三例もある。

(2) 右の反面著しく過小な報酬額もある。

家賃収入一〇、〇〇〇、〇〇〇円ないし一二、〇〇〇、〇〇〇円クラスの第一例は、報酬額二四〇、〇〇〇円で収入の約二パーセントにすぎない。家賃収入一二、〇〇〇、〇〇〇円ないし一四、〇〇〇、〇〇〇円クラスの第三例は、報酬額六〇〇、〇〇〇円で収入の約五パーセントである。

(3) 家賃収入が等しいクラスでも、報酬額の差は甚しい。

(4) 報酬額がほぼ等しくても家賃収入面の較差が著しい場合がある。

右のような次第であるから同表によって各収入クラス別の平均値を求めてみても、それは本件報酬が過大なりや否やを判断する基準として無意味、かつ無価値である。

第三被告の答弁および主張

(答弁)

請求の原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。

(主張)

本件処分は適法である。すなわち、

一  現行税法は、役員の報酬については、その相当な額を損金に算入することを認める、逆にいうと、不相当な部分はこれを損金と認めず、課税所得とみるという建前をとっている(規則一〇条の三、同一〇条の五参照)。すなわち、法人がその役員に対して支給した賞与が税法上利益処分として各事業年度の所得の計算上損金に算入されないものであり、役員に対して適法に支給した報酬が損金に算入されるべきものであることは異論のないところであるが、法人がその役員に対して報酬名義で賞与の実質をもつものを支払うなど、その名義と実質とが一致しない場合もあるのであって、この場合税法においては租税負担の公平ということが基本理念とせられていることは多言を要しないところというべく、この負担の公平を理念として租税を賦課する以上は、税法上報酬として取り扱うべきか、賞与として取り扱うべきかは、その名義いかんにかかわらず、実質的、経済的に観察してこれを定めなければならない。それゆえ法人税法上、役員報酬名義で支給された金額のうち不相当に高額であると認められる部分は、法人の会計上の処理にかかわらず、実質的には賞与にあたるものといわねばならず、規則一〇条の三第一項が「法人が各事業年度においてその役員に対して支給した報酬の額が、当該役員の職務内容、当該法人の収益およびその使用人に対する給料の支給の状況、当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する報酬の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として不相当に高額であると認められる場合においては、その不相当と認められる部分の金額は、当該事業年度の所得の計算上、これを損金に算入しない。」と規定していたのも、右の理を確認的に規定したまでのものである。

これを本件の花井国子に対する月二〇〇、〇〇〇円の割合による報酬についてみるに、原告においては、期末に利益があったのでこれを同人に対する役員報酬として配分したものであることが窺えるのであり、したがって同人に対する役員報酬二、四〇〇、〇〇〇円のうち後記のように過大と認められる一、二〇〇、〇〇〇円は利益処分として実質的に賞与に当たるものを報酬と仮装したにすぎないといえるのであるから、前記のとおりその名義のいかんにかかわりなく、実質に従って課税するという当然の原則を明らかにしていた規則一〇条の三第一項の規定を適用して課税した本件処分は適法というべきである。

また役員に対して報酬名義で支給されてもその実質が賞与であれば、もともと税法上損金に算入されるべきではないという当然の理がたとえ法人税法の規定の解釈上必ずしも明確ではないとしても、もともと税法には技術的な性格があり、細部にわたって法律自体で詳細な規定を設けることは困難な場合があるのであるから、税法上の技術的細目的事項について規定することを政令に委任することは許されてしかるべきである。そして規則一〇条の三第一項は、報酬と賞与との認定基準という細目的、技術的事項を明らかにした規定であり、右規定の内容は合理的であって、法律の委任の範囲を逸脱するものではなく、適切な規定というべきである。したがって、右規定を適用して課税した本件処分はこの点においても適法である。

なお、規則一〇条の三の規定は、過大な役員報酬の支給について株主総会等の議決の効力を否定するものではなく税法上の計算においてのみ役員報酬の損金性を否認するにとどまるのである。

二1  およそ、代表取締役の職務権限は、取締役会の構成員として会社の業務執行についての意思決定に参与し、かつ対外的業務執行を担当することにあると解されるところ、花井国子の職務内容は、原告の主張によれば、「賃料、電気、ガス、水道料の徴収、便所、廊下等の掃除、夜間の見廻り、破損箇所の補修」であって、このような機械的作業はいずれも代表取締役としての本来の職務行為ではなく、しかも右賃料等の徴収および破損箇所の補修は、訴外東京屋不動産に委託して行なわせており、掃除、見廻りも花井国子が行なうことはほとんどない。このように、花井国子は代表取締役としての職務執行をほとんど行なっていないのであるから、実際上、対外的業務執行を行なっている取締役花井竹禅の報酬一、二〇〇、〇〇〇円を上廻る花井国子の報酬部分は、その担当する職務内容と対比して不相当であり、過大であるといわねばならない。

2  さらに原告の最近三年間の室料(賃料)収入、経営規模、従業員給料と花井国子、花井竹禅の役員報酬とを対比すると次のとおりである。

(ア) 室料収入

(一) 昭和三五、五、一~昭和三六、四、三〇(以下「第一事業年度」という) 七、六七五、五〇〇円

(二) 昭和三六、五、一~昭和三七、四、三〇(以下「第二事業年度」という) 九、二三六、四六〇円

(三) 昭和三七、五、一~昭和三八、四、三〇(本件事業年度)(以下「第三事業年度」という) 九、八一一、五〇〇円

つまり、第一事業年度の室料収入を一〇〇とすると第二事業年度のそれは一二〇、第三事業年度のそれは一二八となる。

(イ) 建物勘定からみた経営規模

(一) 第一事業年度 建物 一一、二四九、四八七円

(二) 第二事業年度 建物 一一、九八〇、四八七円

(三) 第三事業年度 建物 一一、九八〇、四八七円

つまり、ほとんど変化は認められない。

(ウ) 従業員給料(二名合計額)

(一) 第一事業年度 二三八、五〇〇円

(二) 第二事業年度 二九七、〇〇〇円

(三) 第三事業年度 二八三、〇〇〇円

つまり、第一事業年度の従業員給料を一〇〇とすると、第二事業年度一二五、第三事業年度一一六となる。

(エ) 花井国子、花井竹禅の役員報酬

(一) 第一事業年度

花井国子 一、二〇〇、〇〇〇円

花井竹禅   六〇〇、〇〇〇円

(二) 第二事業年度

花井国子 一、二〇〇、〇〇〇円

花井竹禅   六〇〇、〇〇〇円

(三) 第三事業年度

花井国子 二、四〇〇、〇〇〇円

花井竹禅 一、二〇〇、〇〇〇円

つまり、第一事業年度の花井国子の役員報酬を一〇〇とすると第三事業年度のそれは二〇〇となる。

このように、花井国子の役員報酬二、四〇〇、〇〇〇円は、原告会社の収入の大部分を占める室料収入、経営規模、従業員給料の最近三年間における増大比率と対比しても、極めて不相当であり、過大であるといわねばならない。

3  そればかりでなく、下谷税務署管内における原告と同種事業を営む他の全法人(ただし事業年度が一年未満であるものおよび役員に対する報酬支払いを欠くものを除く)における昭和三七年五月一日から同三八年四月三〇日の間に終了する事業年度についての代表者あるいは役員に対する報酬支払状況は別紙第二の一および第二の二のとおりであり、これをそれぞれグラフで図示すると別紙第二の一中(別図1)および(同2)のようになる。

これによると、家賃収入の各階級内における代表者報酬および役員報酬合計額には、いずれもばらつきがあって一律にまとまるといった関係を見出すことはできないが、全体の分布からそれぞれ一応の上位限界を認識することができる。

すなわち、(別図1)においてはA線、(同2)においてはB線がそれである。

とろで、原告の申告による代表者報酬額と役員報酬合計額を◎印で表示すると、いずれもこの上位限界―A線、B線―をはるかに上廻っているところに位置するのであって、これは明らかに原告会社代表者報酬額および役員報酬合計額が下谷税務署管内の他の同業種法人と比較した場合異常に高額であることを示すものである。他方本件更正による原告代表者報酬額と役員報酬合計額を回印で前記各別図に表示すると、いずれも上位限界線以下に位置し、他の同業種法人のそれと比較した場合相当であることが認識されよう。

4  これを要するに、花井国子の職務内容およびその役員報酬の増加と原告会社の経営規模、室料収入、従業員報酬の増大、増加との対比ならびに下谷税務署管内における原告と同種事業を営む他の法人における役員報酬の事例との比較等を合わせ考えれば、本件事業年度における花井国子に対する適正報酬額を一、二〇〇、〇〇〇円(この額は代表者報酬平均値九〇七、二六〇円、同中央値九八〇、〇〇〇円、役員報酬合計額平均値一、四八九、七六一円、同中央値一、三五〇、〇〇〇円を上廻るものである((別表第二の一、二の各(1)、(2)参照))。なお、ここでいう中央値とは、変量を大きさの順に並べたとき、その中央で全変量を二等分する項の値をいうのであり、変量中の極端な値によって影響されることのないものである。)と認め、右を超える同人の報酬部分を損金に算入することを否認した本件処分は、適法であるといわねばならない。

なお、会社が無償労働を受けた場合、それによる利益は会社に帰属するものであるから、これを役員報酬に含めるべきであるという原告の主張が失当であることはいうまでもない。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が貸室業を営む法人であって、被告に対し本件事業年度の法人税につき青色申告書による確定申告書を提出したところ、被告は、原告がその代表取締役花井国子に支給した報酬二、四〇〇、〇〇〇円がその職務内容、同業種法人の役員報酬に照らし不相当に高額であるとの理由で、うち一、二〇〇、〇〇〇円の損金算入を否認し、本件処分をしたこと、原告の異議申立てに対し、被告が花井国子は管理人的な職務に従事しているにすぎず、電話交換手の給料と比較すると業績賞与的色彩が強く、同業種法人の役員報酬に比し多額であるとの理由で右異議申立てを棄却したこと、原告の審査請求に対し、東京国税局長が花井国子に支給した報酬の否認部分に対する原告の主張を容れなかったことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件処分の根拠法条となっている規則一〇条の三第一項の規定が無効であるので、これに基づいてなされた本件処分は違法である、と主張するので、まず、同条項の効力の有無について検討する。

法人税は、各事業年度の所得を課税標準として課されるものであり(法二条一項、八条)、各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した額である(法九条一項)ところ、総益金とは、法律に特に定めがある場合のほか資本の払込み以外において純資産増加の原因となる一切の事実であり、総損金とは法律で別に定める場合のほか資本の払戻し又は利益の処分による支出以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうものであると解される。この観点に立てば、取締役に対する報酬は、取締役が会社のためにした役務の提供に対する反対給付の性質を有するものであるから法人税法上損金に算入されるべきものであることは明らかであるが、取締役に対する賞与は、会社が利益をあげた場合、その利益の中から、取締役が利益をあげることに尽した功労に対して利益金の中から与えられるものであるから、法人税法上損金に算入されるべきものではないということができる。そして、取締役に対する報酬は、有限会社にあっては、定款にその額を定めないときは、社員総会の決議でこれを定めるのであるが(有限会社法三二条、商法二六九条)、その額については社員総会で自由に定めうるところであり、その額が高額であり仮に実質的に賞与として支給すべきものを報酬として支給すべき旨の決議をしたとしても決議そのものとしては有効であり、社員が右決議取消し又は決議無効確認の訴えで社員総会招集の手続、決議の方法、内容等の瑕疵を問責するは格別、第三者が右の決議を非難することは有限会社法上許されないことはいうまでもない。

しかしながら、右のことと、税法上国家機関たる税務署長が右決議において実質上賞与として支給すべきものを報酬名義で支給している場合に賞与相当分の損金算入を否認することができるかどうかということとは、おのずから別個の問題というべきである。すなわち税法は、国家又は公共団体の収入の確保と納税義務者の負担の公平を理念とするものであるから、実質上は賞与に相当するにもかかわらずこれを会社法上報酬として支出した場合に税法上損金に算入することを常にそのまま是認していたのでは負担の公平を期し得られないことは明らかである、たれゆえ国家機関たる税務署長が賞与担当部分の損金算入を否認するということも当然許容されなければならないのであって、規則一〇条の三第一項は、右のような実質課税の原理を確認的に規定したものにすぎないと解するのが相当である。

1  ところで、原告は、規則一〇条の三第一項のように法人役員の報酬について不相当高額部分の損金不算入という新たに国民の権利を制限する規定は法九条八項にいわゆる「所得の計算に関し必要な条項は命令でこれを定める」というような一般的包括的委任規定に基づいてこれを制定することはすべきでない(国家行政組織法三条四項)から無効である旨主張するのであるが、しかし、規則一〇条の三第一項の規定が新たに国民に義務を課し、もしくは権利を制限するものではなく、税法の解釈的規定に止まるものなることは上記のとおりである。もっとも、そうであっても、租税法律主義の理念からいえば、法人の所得の計算に関してその細部にわたって法律で規定することが望ましいことはいうまでもないのであるが、実際にはそれは不可能に近く、規則一〇条の三第一項に定めるような事項については、一般的包括的に命令に委任することもけだしやむを得ないところであり、これをもって租税法律主義の理念に反するものとすることもできない。

2  さらに、原告は規則一〇条の三第一項のうち「当該役員の職務の内容」および「その使用人に対する給料の支給の状況」によって役員の報酬を認定する旨規定した部分は無効であるとも主張する。しかし役員の報酬は、一般に役員がその職務を行なうことに対する対価として支払われるべきものであり、またそれゆえにこそ法は法人の所得計算上これを損金の額に算入することとしているのである。したがって、同項が、役員に支払われた報酬が不相当に高額であるか否かの判断の基準について、例示的に「当該役員の職務の内容」や「使用人に対する給料の支給の状況」を参酌して定めるべき旨を規定していること自体はむしろ当然のことであるというべく、右の部分を無効と解する余地はない。原告の右の点に関する上記主張は独自のものであって採用できない。

三  次に、原告は花井国子に支給した報酬は過大なものではないので、これが過大であるとしていた本件処分は違法である、と主張するので、右の点につき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は花井ビルと称する木造モルタル塗りの建物を東京都台東区上東坂町四五に、その他の木造の家作を同区北稲荷町六五番地から六七番地までにそれぞれ所有し、これらを貸室三八件としたうえ他人に賃貸し、その収入のほとんど全部が室料(賃料)であること、本件事業年度前から、原告はかねて出入りの不動産業者東京屋不動産こと日比谷皓に依頼して賃料および電気、ガス、水道料の各分担金の徴収、賃料値上げの通知、その支払いの催促、賃貸室、家屋の破損個所の連絡等の管理事務を行なわせていたこと、原告の代表取締役花井国子の具体的な職務の内容としては、時折みずから賃料支払いの督促に賃借人方におもむくとか、右花井ビルを夜間時時見廻りに行き、その掃除をして帰るとか、右花井ビル等の建物が古いため、日比谷皓からの連絡、賃借人からの申出又はみずからの発見により、雨漏り、下水のつまり、ポンプの破損、故障等について、夫である原告の取締役花井竹禅と相談のうえ、規模の大きなものは専門家に依頼して修理させ、規模の小さなものは花井竹禅や子どもをして修理させるとか、強風で屋根のトタンが吹き飛び又はそのおそれのある場合には、家族の者をして予防の措置をし、又は修理させるとか、空室が生じた場合には前記の日比谷皓から紹介してくる入居希望者に面接し、必要があるときはその入居希望者がそれまで居住していた場所を訪問調査し、入居者を決定するとか、花井竹禅と相談して賃料の値上げを決めるとか、日比谷皓の集金してきた家賃等を受け入れる等であったこと、原告の会計帳簿の記帳等はもっぱら花井竹禅が行ない、同人の本件事業年度における報酬は年額一、二〇〇、〇〇〇円であったこと、原告の役員は花井国子と花井竹禅の両名で会社の事務は一般的には花井竹禅と半分づつ分担して行なっていたことをそれぞれ認めることができ(る。)、≪証拠判断省略≫また、前顕証拠を総合すると、原告の第一事業年度、第二事業年度、第三事業年度における①室料収入は、第一事業年度を一〇〇とすれば、第二事業年度は一二〇、第三事業年度は一二八(第一事業年度の総収益は八、〇九五、七六九円、第二事業年度の総収益は九九二三、二七五円、第三事業年度の総収益は一〇、七四三、〇九六円)であり、②建物勘定からみた経営規模は、第一、第二、第三の各事業年度を対比しほとんど差異なく、③従業員給料は、第一事業年度を一〇〇とすれば、第二事業年度は一二五、第三事業年度は一一六(第一事業年度従業員二名、二三八、五〇〇円、第二事業年度従業員二名、二九七、〇〇〇円、第三事業年度従業員二名、二八三、〇〇〇円)であり、④第一事業年度の純利益は二、〇八七、三二一円、役員賞与は一五〇、〇〇〇円、利益配当は年二割計八〇〇、〇〇〇円、花井国子の報酬は一、二〇〇、〇〇〇円、花井竹禅の報酬は六〇〇、〇〇〇円、第二事業年度の純利益は二、五八二、三三一円、役員賞与は一五〇、〇〇〇円、利益配当は年一割計九八三、三〇〇円、花井国子の報酬は一、二〇〇、〇〇〇円、花井竹禅の報酬は六〇〇、〇〇〇円、第三事業年度の純利益は一、七八二、一三五円(ただし花井国子の役員報酬中一、二〇〇、〇〇〇円の損金算入が否認されれば二、九八二、一三五円となる。)、役員賞与金は三〇〇、〇〇〇円、利益配当は年五分計五五〇、〇〇〇円、花井国子の報酬は二、四〇〇、〇〇〇円、花井竹禅の報酬は一、二〇〇、〇〇〇円であり、⑤資本金は第一事業年度四、〇〇〇、〇〇〇円、第二事業年度、第三事業年度各一一、〇〇〇、〇〇〇円であること、および右花井国子の第三事業年度の報酬すなわち本件事業年度の報酬二、四〇〇、〇〇〇円あるいは原告の本件事業年度の役員報酬全額三、六〇〇、〇〇〇円は、被告所轄管内における原告と同種の事業を営む法人全部の本件事業年度における代表者の報酬平均額あるいい役員報酬全額平均額とを原告およびそれらの法人の家賃収入額の点に着目しつつ比較検討すると、後者に比し異常に高額であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫さらに、≪証拠省略≫によれば、原告の本件事業年度における役員報酬三、六〇〇、〇〇〇円は、同事業年度における純利益一、七八二、一三五円に比してきわめて多額であって、前事業年度における役員報酬一、八〇〇、〇〇〇円、純利益二、五八二、三三一円であったのとおもむきを異にしているが、これは原告が本件事業年度の期末決算における利益の多くを、花井国子、花井竹禅に対する各役員報酬を前事業年度に比し倍増することにより処理することとしたものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の各事実を総合して考えると、花井国子の原告の代表取締役としての職務の内容が第一、第二の各事業年度に比して特に増加し、あるいは困難なものとなったような特段の事情も認められず、原告の取締役花井竹禅の本件事業年度における報酬年額一、二〇〇、〇〇〇円の当否は別として、本件事業年度における花井国子の役員報酬年額二、四〇〇、〇〇〇円は不相当に高額であって、実質的にみて役員賞与に相当する部分が含まれていると認めるのが相当である。

原告は、原告の事業内容、規模にかんがみ、その事務処理等のためには、本来ならば、原告の取締役は少なくとも三名、従業員も、電話交換手二名以外に五、六名が必要であるのに、これら一切を花井国子と花井竹禅において行なっており、しかも花井竹禅は、もっぱら寺務に忙殺され、原告の事務については会計事務ぐらいしか担当できないので、そのほかのことは一切花井国子がしなければならないこととなっていると主張するが、花井国子が本件事業年度において原告に提供している役務の内容および役務提供の態様は前認定のとおりであって、到底取締役三名、従業員五、六名で処理しなければならない程のものとは認められないし、また、前記のとおり、花井国子について原告がその報酬を第一、第二各事業年度に比して、二倍に増加しなければならない程にその役務等が第一、第二各事業年度におけるより増大しあるいは困難になったものと認めるべき証拠もない。原告は、また、同業種法人が支払っている取締役報酬総計が原告のそれとほぼ等しければ、原告の報酬受給者のうちの一人の受給額は問題にならないと主張するが、報酬の額が不相当に高額と認められるか否かは、当該役員個々人について判断せらるべきものであって、会社役員全員の報酬を総合計して勘案せらるべきものではない。原告は、さらに、花井国子はその子女の無償の労務の提供を受けて原告の仕事を遂行している旨主張するが、子女の無償の労務の提供を受けていても、それゆえに、原告の花井国子に対する役員報酬が、当然にそれら子女に対して支払われるべき労務等の報酬を含んだ額でなければならない理由はない。けだし、原告としては、右の子女の労務等が原告の事業を遂行するうえに是非とも必要であれば、当然右の子女あるいはこれにかわる使用人等を雇用するなどしてその必要を満たし、これに対し適正な給料、報酬等を支払えば足りるからである。したがって、原告の上記主張はいずれも採用できない。

四  以上の次第で、本件処分には原告主張のごとき違法はないので、これがあるとして本件処分の取消しを求める原告の本訴請求は理由がない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官 高林克己 裁判官仙田富士夫は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉本良吉)

<以下省略>

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